長いレースや厳しいトレーニングでは、体力だけでなく「苦しい状況をどう受け止めるか」が、その後の行動を左右します。ただし、メンタルタフネスとは、痛みや疲労を無視して耐え続けることではありません。状況を見極め、自分にできることへ意識を戻し、納得できる行動を選び直す力です。
山岳ウルトラランナーとして長く活動してきたSuuntoアンバサダー、アントン・クルピチカも、メンタルの強さは一度身につければ終わりではなく、何度も育て直すものだと語ります。この記事では、約563kmのグラベルレース「Unbound XL」と3週間のバイクツアーで得た彼の気づきを、日本のランナーやサイクリストにも取り入れやすい形で紹介します。

Unbound XL 2022のスタート前。Photo: Sami Sauri
メンタルタフネスとは?
メンタルタフネスは、つらさを感じなくなる能力ではありません。疲労、不安、失敗などがある状況でも、感情に飲み込まれず、次に取れる行動を選ぶ力です。
持久系スポーツでは、心の中にある迷いや不安が、短い時間の中で大きく現れます。「まだこんなに距離が残っている」「この登りが終わらなかったらどうしよう」と考え続けるほど、目の前の一歩が重く感じられることもあります。
アントンが経験から見つけたのは、未来の苦しさを先取りするのではなく、現在の状況を受け入れ、その瞬間にできる最善へ意識を戻すことでした。
力を出し切れなかったUnbound XL 2021
2021年、アントンは米国カンザス州で開催される約350マイル(約563km)のグラベルレース、Unbound XLに初めて出場しました。走行時間は約28時間。しかし、フィニッシュしたとき、ウルトラエンデュランスで感じてきた高揚感や達成感はありませんでした。
振り返ると、最初の約402kmは集中して走れていた一方、最後の約161kmでは暑さと眠気に気持ちを支配され、できるだけ無難に進むことへ意識が傾いていました。完走はしたものの、自分の力を出し切らなかった感覚が残ったのです。
ここで彼が学んだのは、順位やタイム以前に、「その場で自分なりの最善を尽くしたか」が体験への満足度を大きく変えるということでした。リスクを無条件に取るという意味ではなく、自分で選んだ挑戦に対して、最後まで主体的に関わることの大切さです。

厳しい状況で、自分がどう行動するかが問われます。Photo: Sami Sauri
結果から、自分が納得できる努力へ
長い競技生活の中で、アントンのレースに対するモチベーションは変化しました。以前は、ほかの選手に勝つことや、トップアスリートとして認められることが大きな原動力だったといいます。
けがや経験を重ねた現在は、レースを「自分のベストを試せる貴重な機会」と捉えています。競い合う選手と同じ困難に向き合い、互いに刺激を受けながら、自分が納得できる努力をする。フィニッシュ順位にかかわらず、その姿勢が成長や満足感、長く残る記憶につながると考えるようになりました。
外からの評価は、自分だけではコントロールできません。一方、「今日の状況で何に集中するか」「どのように振る舞うか」は選べます。走る理由を見失いそうなときは、ランニングのモチベーションを維持する方法も参考にしながら、自分がこの挑戦から得たいものを言葉にしてみましょう。
苦しいときほど「今」に戻る
Unbound XLの約1か月後、アントンは3週間で約3,700kmを自転車で移動しながら、ロッキー山脈の高峰6座を走り、登る旅に出ました。毎日のように、向かい風、荒れた路面、雨、暑さ、長い登りなどに直面する厳しい行程でした。
最初の1週間は、苦しくなるたびに「この坂が早く終われば」「もう次の町に着いていれば」と考えていました。しかし、意識が未来へ飛ぶほど、今の時間は終わりがないように感じられます。
そこで彼は、自分の弱さやその日の状況を否定せず、「今できるのは、その瞬間の最善を尽くすことだけ」と受け止めました。すると不安が少しずつ薄れ、現在の一歩が耐えられるものに変わり、ときには楽しささえ感じられるようになったといいます。
苦しいときの考え方
「いつ終わるのか」ではなく、「今の自分にできることは何か」と問い直す。呼吸を整える、補給する、ペースを落とす、次の曲がり角まで進むなど、行動を小さく具体化します。

計画どおりに進まない日も、長い挑戦の一部です。Photo: Sami Sauri
メンタルの強さは何度でも育て直す
翌年のUnbound XLへ向け、アントンは1日約240kmを3日間走るバイクツアーを計画しました。しかし初日の夜は予想以上に冷え込み、寝袋の保温力も足りず、ほとんど眠れませんでした。翌朝、計画を切り上げて帰宅します。
この失敗から気づいたのは、以前の長旅で得たメンタルの強さが、永久に続くわけではないということでした。困難の中で落ち着きを保つ力は、到達して終わるものではありません。体力と同じように、状況に合わせて繰り返し練習し、育て直す必要があります。
2022年のUnbound XLでは、序盤の転倒、パンク、単独で走る夜、終盤の豪雨など、多くのトラブルが起きました。それでも彼は、一つずつ対処し、泥と雨も「フィニッシュ後に語れる物語になる」と捉え直しながら進みました。前年との違いは、困難が減ったことではなく、困難への向き合い方が変わったことでした。

一度に一つずつ。意識を現在へ戻します。Photo: Sami Sauri
日々のトレーニングで実践する5つの方法
メンタルタフネスは、本番だけで突然発揮されるものではありません。普段のトレーニングから、次の方法を試してみましょう。
- 目的を自分の言葉にする:順位や周囲の評価だけでなく、「最後まで判断を続ける」「未知の距離に挑む」など、自分が大切にしたい姿勢を決めます。
- 課題を小さく区切る:ゴールまでの残り距離ではなく、次のエイド、次の登り、次の10分など、今取り組める単位へ分けます。
- 事実と予測を分ける:「脚が重い」は現在の事実でも、「もう完走できない」は予測かもしれません。補給、ペース、装備、体調を確認してから判断します。
- 練習後に振り返る:苦しくなった場面、頭に浮かんだ言葉、実際に取った行動、次回変えたいことを記録します。
- 回復を含めて継続する:疲労が強い日に予定を変えることも、長期的な目標へ向けた判断です。トレーニングで強くなるための回復と適応も確認し、休養まで含めて計画しましょう。
長時間動く中で考え方や補給を試すなら、いきなり極端な距離へ挑むのではなく、ロング走・LSDの実践方法を参考に、現在の運動習慣から段階的に時間を延ばしてください。
我慢と適切な判断を混同しない
メンタルの強さは、すべての痛みや不調を無視して続けることではありません。鋭い痛み、めまい、意識の混乱、低体温症や熱中症が疑われる症状、動作の変化を伴うけがなどがある場合は、競技やトレーニングの中止を含め、安全を優先してください。
また、装備不足や悪天候など、継続することで危険が大きくなる状況では、引き返すことも重要な判断です。「諦めないこと」と「計画に固執すること」は同じではありません。
レース中に心が折れそうな場面で使える具体的な方法は、コートニー・ドウォルターの6つのメンタル術でも紹介しています。
まとめ|メンタルタフネスは「今できること」へ戻る力
アントン・クルピチカの経験が教えてくれるのは、メンタルタフネスは生まれつきの強さでも、一度獲得して終わる能力でもないということです。
- 結果だけでなく、自分が納得できる努力に目を向ける
- 未来の苦しさを先取りせず、現在の行動へ戻る
- 困難を小さな課題に分け、一つずつ対処する
- 失敗や中断も、次の判断に生かす
- 危険な痛みや体調不良では、安全を優先する
次のトレーニングでは、苦しいと感じた瞬間に「今の自分が選べる、最も小さな行動は何か」と問いかけてみてください。その繰り返しが、長い挑戦を支える力になっていきます。
挑戦を記録し、次の一歩につなげよう
日々のトレーニングから長時間のレースまで、ペース、心拍数、ルート、標高などを確認できるSUUNTOのスポーツウォッチをご覧ください。
SUUNTOのスポーツウォッチを見る