ウルトラマラソンでは、レース中に「もうDNFした方がいいかもしれない」と考える瞬間が訪れることがあります。胃腸トラブル、脚の痛み、疲労、暑さ、寒さ、補給不足。長時間のレースでは、スタート前の計画通りにいかないことの方が珍しくありません。
SuuntoアスリートのLucy Bartholomewも、UTMBウィークのTDS 120kmで、わずか30km地点にしてDNFを考えるほど深刻な胃腸トラブルに苦しみました。
水も食べ物もジェルも受け付けない。
下りでは胃がさらに揺さぶられ、15kmもの距離を歩くことになります。
それでもLucyはレースを続けました。
約9時間後、ようやく補給が身体に入り始めると状況は一変。そこから女性選手を次々と抜き、最後の7kmを約4:00/kmまで上げて走り、女性5位でフィニッシュしました。
「DNF寸前だったレースを、なぜ立て直すことができたのか」。
Lucyのレースから、ウルトラマラソンで計画が崩れたときに考えたいことを見ていきましょう。

Photo © Damien Rosso / Droz Photo
DNFとは?トレイルランニングで使われる意味
DNFとは「Did Not Finish」の略で、レースをスタートしたものの、フィニッシュまで到達せず途中で競技を終了することを意味します。
日本語では「途中棄権」「途中リタイア」などと表現されます。
ウルトラマラソンやトレイルランニングでは、
- 怪我や強い痛み
- 胃腸トラブル
- 脱水や体調不良
- 低体温や暑さ
- 制限時間
- 装備トラブル
- 天候やコース状況
など、さまざまな理由でDNFを選ぶことがあります。
DNFは、必ずしも「失敗」を意味するものではありません。
特に長時間の山岳レースでは、安全にフィニッシュできないと判断したときに競技を終了することも、重要なレース判断です。
今回のLucyは結果的にレースを続け、状態を立て直すことができました。
しかし、「Lucyが続けられたから、苦しくても必ず続けるべき」という話ではありません。
続行することとDNFすることの両方を選択肢として持ち、その日の身体と状況を冷静に見る。
その視点を持ちながら、このレースを振り返っていきます。
30km地点でDNFを考えたLucy
Lucyが出場したのは、UTMBウィークに開催される山岳レースTDS。
約120kmの山岳コースを走るレースです。
Lucyはレース前、約4週間をシャモニーで過ごし、トレーニングとコース確認を行っていました。
直前のMont Blanc 80でも女性2位に入り、状態は決して悪くありませんでした。
ところがレース当日、スタートして間もなく胃腸に問題が起こります。
そして約30km地点。
まだレースの4分の1程度しか進んでいないところで、Lucyは自らDNFすることを考え始めました。
100km近く残っている。
補給できない。
ペースも上げられない。
通常なら「今日はもう無理」と考えても不思議ではない状況でした。
胃腸トラブルで何も食べられなくなる
Lucyを苦しめた最大の問題は、脚ではなく胃腸でした。
本人は、水、食べ物、ジェルを口へ近づけるだけで吐き気がし、無理に飲み込んでも吐いてしまったと振り返っています。
ウルトラマラソンでは長時間エネルギーを補給し続ける必要があります。
だからこそ、胃腸トラブルによって補給できなくなることは大きな問題になります。
しかし、そこで無理に同じ補給を押し込み続ければよいとは限りません。
状態に応じて、
- ペースを落とす
- 歩く
- 少量ずつ試す
- 別の種類の補給を試す
- エイドで休む
など、その場でできる対応を考えます。
補給計画を守ることより、身体が受け入れられる状態を作ることを優先する場面もあります。
15kmの下りを歩くという判断
Lucyにとってさらに厳しかったのが、長い下りでした。
通常ならトレイルランナーにとってスピードを出しやすい区間ですが、Lucyは約15kmの下りを歩くことになりました。
本人は、下りの振動が胃をさらに刺激してしまったのではないかと話しています。
レース順位を考えれば、大きなタイムロスです。
しかしその時のLucyに必要だったのは、順位を守ることではありませんでした。
これ以上状態を悪化させず、前へ進める方法を選ぶこと。
ウルトラでは、普段なら走れる場所を歩くことがあります。
それは「諦めた」という意味ではありません。
今の状態でレースを続けるために、意図的に強度を落とす戦略になる場合もあります。
コースを知っていたことが支えになった
では、なぜLucyはそこでレースをやめなかったのでしょうか。
本人が理由のひとつとして挙げているのが、事前にコースを知っていたことです。
Lucyはレース前にTDSコースを3日間かけて試走していました。
そのため、
- この先にどんな登りがあるか
- どのくらい下るか
- どこにエイドがあるか
- 次の区間がどのような地形か
を把握していました。
Lucyは、この先に何があるか分かっていて、予想外の展開が少なかったことが助けになったと振り返っています。
長距離レースで不調になると、「あとどれくらいこれが続くのか分からない」こと自体が大きなストレスになります。
逆に、
「この登りが終わればエイド」
「その後は走りやすい区間」
「ここから次の補給地点までは約○km」
と分かっていれば、今の状況を小さな区間へ分けて考えられます。
コースを知ることは、速く走るためだけではなく、不調時に冷静な判断をするためにも役立ちます。
「父が来たらやめよう」と考えていた
Lucyの父親も同じレースを走っていました。
胃腸トラブルでゆっくり進みながら、Lucyは父親が追いついてくるのを待っていたといいます。
本人は、もし父親が来たら、おそらく「もうやめた方がいい」と言われていただろうと振り返っています。
つまりLucy自身も、この時点では明確に「絶対に完走する」と決めていたわけではありません。
DNFという選択肢を持ちながら、ひとまず前へ進んでいました。
しかし父親は追いついてきませんでした。
Lucyはそのまま、自分で状況を判断し続けることになります。
後になって彼女は、父親が来なかったことについて、自分自身で乗り越える必要があった経験だったと振り返っています。
9時間後、ひと口の補給からレースが変わる
スタートから約9時間。
Lucyはようやく、ひとつの補給食を飲み込むことができました。
そして今度は、吐き戻しませんでした。
長時間ほとんどエネルギーが入っていなかったLucyは、その補給による変化を強く感じたといいます。
そこからレースが変わり始めます。
少しずつ前の選手を抜く。
さらに順位を上げる。
そして最後の7km。
Lucyは約4:00/kmまでペースを上げて走りました。
フィニッシュの約400ヤード手前では最後の女性選手を抜き、最終的に女性5位でレースを終えました。
30kmでDNFを考えていたレースとは思えないフィニッシュです。
ウルトラでは状態が変わることがある
Lucyのレースから学べる大きなポイントのひとつが、長距離レースでは状態が変化することがあるということです。
ウルトラでは、
- さっきまで絶好調だったのに急に動けなくなる
- 胃腸トラブルが起こる
- 一度大きくペースを落とした後に回復する
- 夜が明けたら気持ちが変わる
- 補給が入ったことで身体が戻る
といったことがあります。
だからといって、「どんな不調でも待てば必ず治る」わけではありません。
Lucyの場合は結果として回復しました。
しかし不調の原因や程度によっては、続行することが危険になる場合もあります。
大切なのは、
「今つらいからすぐ終わり」とも、「時間が経てば必ず治るから続ける」とも決めつけないこと。
身体の状態、安全性、コース、残り距離などを見ながら判断することです。
▶︎ 100マイルウルトラを走り切るには?ペース配分・補給・メンタルの考え方
DNFするか続けるか、どう判断する?
ウルトラレースでは、「やめたい」という気持ちと「やめるべき状態」は同じとは限りません。
疲れている。
脚が重い。
気持ちが落ちている。
こうした状態でも、補給や休息、ペース調整によって再び動けることがあります。
一方で、
- 強い痛みがある
- 意識が普段と違う
- 立っていることが難しい
- 体調が明らかに悪化している
- 安全に移動できない
- 大会スタッフや医療スタッフから中止を勧められる
ような場合は、安全を優先する必要があります。
DNFするかどうかを決めるときに、完走への執着だけで判断しないこと。
大会スタッフ、医療スタッフ、自分の身体から得られる情報を使って判断しましょう。
レースはまた挑戦できます。
安全に帰ることの方が重要です。
「自分で乗り越えた」経験が残したもの
Lucyは女性5位という結果を残しましたが、レース後も完全に満足していたわけではありません。
本来期待していたレース展開ではなかったからです。
それでも本人は、このTDSから多くのことを学んだと振り返っています。
特に大きかったのが、誰かに助けられてレースを続けたのではなく、自分で状況を受け止めて進み続けた経験でした。
ウルトラでの成功は、必ずしもタイムや順位だけでは測れません。
計画通りにいかなかったときにどう対応したか。
歩く判断ができたか。
補給を変えられたか。
気持ちが落ちたときに次の区間へ進めたか。
あるいは、安全のためDNFを選べたか。
予定外の状況で行った判断そのものが、次のレースへ残る経験になります。
▶︎ 100マイルの「Pain Cave」とは?苦しい時間との向き合い方
レース前にできる3つの準備
LucyのTDSから、レース前に準備しておきたいことを3つに整理できます。
1. コースをできるだけ把握する
可能なら試走する。
できなければ、コースマップや標高プロフィールを確認します。
- 大きな登りと下り
- エイドステーション
- 距離
- 累積標高
- 夜間になりそうな区間
などを確認しておくと、レース中に「次に何が来るか」をイメージできます。
2. 補給をトレーニングで試す
胃腸トラブルを完全に防ぐことはできません。
それでも、ロングランの中で、
- どの食べ物を受け付けやすいか
- どのくらいの頻度で食べられるか
- 甘いものが続いたときに何を食べるか
- 水分をどう取るか
を確認しておけば、選択肢を増やせます。
3. 「計画B」を作っておく
レースプランは、予定通り走るためだけに作るものではありません。
例えば、
- 胃が悪くなったら強度を落とす
- 予定より暑ければペースを下げる
- このエイドで状態を再評価する
- この症状が出たらスタッフへ相談する
など、うまくいかなかったときの選択肢も考えておきましょう。
100km以上のレースでは、「計画通りに走る力」と同じくらい「計画を変える力」が重要です。
コースを事前に知るためにSuuntoを活用する
Lucyのレースで大きな支えになったのは、「この先に何があるか分かっていたこと」でした。
すべてのレースコースを事前に試走できるわけではありません。
そこで、Suuntoアプリなどを使って事前にルートを確認しておく方法があります。
Suuntoアプリでは、ルートを作成したりGPXデータを取り込んだりして、対応するSuuntoウォッチへ同期できます。
▶︎ Suuntoアプリでルートを作る6つの方法|GPX・ヒートマップも解説
100kmを超える山岳レースや長時間のトレイルでは、Suunto Vertical 2のオフラインマップやルートナビゲーションを活用して、現在地やコースを確認できます。
ただし、ウォッチだけでレースの安全を判断できるわけではありません。
大会の公式コース情報、マーキング、スタッフの案内、現地の状況を優先し、ナビゲーションは判断材料のひとつとして使いましょう。
まとめ|DNFを避けることより、正しく判断すること
Lucy BartholomewはTDS 120kmで、30km地点からDNFを考えていました。
水も食事もジェルも受け付けず、15kmの下りを歩き、約9時間にわたって厳しい状態が続きました。
それでも、
- ペースを落とした
- 前へ進める範囲で進んだ
- 事前に知っていたコース情報を使った
- 身体の状態が変わるのを待った
- 補給できるタイミングを逃さなかった
ことで状況を立て直し、女性5位まで順位を上げました。
しかし、この物語から学ぶべきことは「DNFせず最後まで耐えればいい」ではありません。
ウルトラでは状態が変わることがあります。
一方で、安全のために止まるべき状況もあります。
DNFを避けることをゴールにするのではなく、その瞬間の身体と状況から最も適切な判断をすること。
続けることも。
歩くことも。
休むことも。
そしてDNFすることも。
すべてが長距離レースに必要な判断のひとつです。
LucyがこのTDSで得た最大のものも、女性5位という順位だけではなく、「自分自身について多くを学んだ」という経験だったのかもしれません。
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