第一次世界大戦では、イタリアとオーストリア=ハンガリー帝国の兵士たちが、アルプスの険しい山岳地帯で戦いました。その旧イタリア戦線約850kmを、100年以上後の今、10人のトレイルランナーが自分たちの足でたどる——。それが「AlpsFrontTrail」です。
ルートはイタリア北東部のグラードからアルプスへ入り、南チロルを経てステルヴィオ峠へ。
距離は約850km、累積標高は約55,000m。
しかし、この挑戦の目的は単に長い距離を走り切ることではありません。
かつて戦争と国境によって人々が分断された場所を走りながら、ヨーロッパの歴史、平和、自由、そして「一緒に生きること」の意味を考える。
Suuntoアスリートで映像作家のフィリップ・ライター(Philipp Reiter)と、南チロル出身の写真家ハラルド・ヴィスタラー(Harald Wisthaler)が立ち上げたこのプロジェクトには、スポーツだからこそ伝えられるメッセージがありました。
第一次世界大戦、アルプスにも戦場があった
第一次世界大戦というと、フランスやベルギーの塹壕戦を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、イタリアとオーストリア=ハンガリー帝国の間では、アルプスの高山地帯も前線になりました。
険しい岩山、雪、氷河、急峻な峠。
現在では登山やトレイルランニング、スキーを楽しむ人々が訪れる場所に、かつて軍事施設や塹壕、バンカーが築かれていたのです。
AlpsFrontTrailは、そうした第一次世界大戦の旧イタリア戦線をたどります。

The Italian frontline during the First World War.
南チロルとイタリア国境の歴史
このプロジェクトが行われた背景には、南チロル(South Tyrol)の歴史があります。
現在はイタリア北部に位置する南チロルですが、第一次世界大戦以前はオーストリア=ハンガリー帝国の一部でした。
戦争後、国境が引き直され、南チロルはイタリアへ編入されます。
つまり、このアルプスの山々には、単なる自然景観だけでなく、国境が変わり、国家や言語、文化が交差してきた歴史があります。
2020年は南チロルがイタリアへ編入されてから100年という節目でした。
フィリップたちは、その機会に「国境とは何か」「自由とは何か」「現在のヨーロッパの平和はどこから来たのか」を考えるため、このランニングプロジェクトを企画しました。
AlpsFrontTrailとは?850km・累積標高55,000mの挑戦
AlpsFrontTrailに参加したのは、異なる国籍やバックグラウンドを持つ10人のトレイルランナー。
スタート地点は、アドリア海に近いイタリアのグラード(Grado)。
そこから第一次世界大戦のイタリア戦線に沿ってアルプスへ入り、最終的に北イタリアのステルヴィオ峠(Stelvio Pass)を目指します。
総距離は約850km。
累積標高は約55,000mにも達します。
ランナーは2人1組で走り、チーム全体として1日に約120kmを進む計画でした。
単純な距離だけでも過酷ですが、舞台はアルプスです。
長い登り、急な下り、テクニカルな岩場、標高の高い山岳地帯を繰り返し越えていきます。
旧東西ドイツ国境ランから生まれたアイデア
この企画のきっかけは、フィリップが同じ2020年に取り組んだ別のランニングプロジェクトでした。
それが、かつて東ドイツと西ドイツを分断していた約1,400kmの旧国境を走る旅です。
そのプロジェクトでは、冷戦時代の国境をたどりながら、地域の歴史や自由について学びました。
フィリップは、その経験によって「自由を見る目が変わった」と話しています。
その後、南チロルでスキーマウンテニアリングをした際、山中に残る古い軍事バンカーを目にしました。
「なぜこんな高い山に軍事施設があるのだろう?」
そこから第一次世界大戦時のアルプス戦線について調べ始め、AlpsFrontTrailの構想へつながっていきました。
▶︎ ベルリンの壁と東西ドイツの旧国境を走る|1,400kmの「死の帯」とグリーンベルト

Studying and planning the epic route has taken weeks. © wisthaler.com
かつて兵士が戦った険しいアルプスを走る
AlpsFrontTrailのルートを見ると、改めて驚かされることがあります。
第一次世界大戦では、本当にこの険しいアルプスで兵士たちが戦っていたということです。
フィリップたちが走るルートには、大きな登り、テクニカルな地形、秋には積雪の可能性がある高山帯などが含まれていました。
日照時間も短くなり、一日の行動時間は限られます。
現代のトレイルランナーが高性能なウェアや装備を使って進んでも、決して簡単な地形ではありません。
そこを100年以上前の兵士たちが軍装備を持って移動し、戦っていた。
実際に自分の足で地形を進むことで、写真や資料だけではわからない歴史の重さが見えてきます。

It's hard to imagine troops fought in terrain this rugged. © Philipp Reiter
スポーツは国境を越えて人をつなげられるか
AlpsFrontTrailに集まったランナーたちは、国籍も性格もバックグラウンドも異なります。
それでも、ひとつのルートを一緒に進み、ひとつの目標を共有します。
フィリップがこのプロジェクトで伝えたかったことのひとつが、スポーツには人をつなぐ力があるということでした。
国境が存在していても、一緒に走ることはできます。
言葉や文化が違っても、山で同じルートを進み、お互いをサポートできます。
20世紀には、同じアルプスで異なる国の兵士たちが敵として向き合いました。
その場所を、100年以上後には異なる国籍のアスリートたちがチームとして走っています。
同じ場所でも、人と人との関係は変えることができる。
AlpsFrontTrailは、そのことを身体で表現するプロジェクトでもありました。
走ることで、土地の歴史を身体で知る
歴史を知る方法は、本や博物館だけではありません。
実際にその場所へ行き、自分の足で移動してみることでも、見えてくるものがあります。
峠と峠の距離。
山の高さ。
谷を越える大変さ。
気温や天候の変化。
地図では一本の線に見えるルートも、走ってみれば何時間もかかります。
第一次世界大戦のアルプス戦線をトレイルランニングでたどることで、フィリップたちは、当時そこで生活し、移動し、戦った人々が直面していた地形を身体で理解しようとしました。
ランニングは速さを競うスポーツであると同時に、土地を知るための旅の方法にもなります。
長距離トレイルではルート計画も重要
850kmもの長距離ルートを山岳地帯でつなぐには、事前のルート計画が欠かせません。
登山やトレイルランニングでも、距離だけでなく、累積標高、地形、補給地点、エスケープルートなどを事前に確認しておくことが重要です。
Suuntoアプリでは、地図上でルートを作成したり、ヒートマップを参考にしたり、GPXファイルをインポートしたりしながらルートを準備できます。
▶︎ Suuntoアプリで登山・トレイルのルートを作る6つの方法|GPX・ヒートマップも解説
作成したルートは対応するSuuntoウォッチへ同期し、アクティビティ中に現在地や進行方向を確認できます。
地図やナビゲーション画面の基本はこちらの記事で詳しく紹介しています。
▶︎ Suuntoの地図・ナビゲーション画面の見方|登山・トレイルのルート案内を解説
長時間の山岳アドベンチャーでオフラインマップやバッテリー性能を重視する場合は、Suunto Vertical 2も選択肢のひとつです。
ただし、この物語で大切なのはウォッチそのものではありません。
地図の線の向こう側に、どんな自然や歴史があるのかを知りながら進むこと。
ナビゲーションは、その体験を支えるための道具です。
まとめ|戦場だった道を、今は一緒に走る
第一次世界大戦では、アルプスの山々が国境となり、戦場となりました。
そこで異なる国の兵士たちが向き合い、多くの人が命を落としました。
100年以上が経った現在。
その同じ道を、異なる国籍を持つトレイルランナーたちが一緒に走っています。
約850km、累積標高約55,000m。
AlpsFrontTrailは過酷な山岳チャレンジですが、その意味は記録だけではありません。
過去に何があったのかを知り、現在の自由や平和が当たり前ではないことを考える。
そして、かつて人を分断した国境を、今は一緒に越えていく。
山を走るというシンプルな行為が、歴史を見る視点を変えることがあります。
次に旅先でトレイルを歩いたり走ったりするときは、目の前の景色だけでなく、その道がどんな歴史を通ってきたのかにも少し目を向けてみてはいかがでしょうか。
Lead images © Philipp Reiter / wisthaler.com