ベルリンの壁と東西ドイツの分断は、ドイツ現代史を象徴する出来事のひとつです。しかし、東西を隔てていたのはベルリンの壁だけではありません。かつて東ドイツと西ドイツの間には、約1,400kmに及ぶ長大な国境地帯がありました。
西ドイツ側から「death strip(死の帯)」とも呼ばれたその旧国境を、Suuntoアスリートで映像作家のフィリップ・ライター(Philipp Reiter)と仲間たちが、自分たちの足でたどりました。
9人のランナーが挑んだ距離は約1,400km。
目的は単に長距離を走破することではありません。
旧東西ドイツ国境を走りながら、その土地に残るベルリンの壁時代の記憶を知り、そこに暮らしてきた人々の話を聞くこと。
そして彼らが走った国境地帯は現在、かつてとはまったく異なる場所へ変わっています。
人を分断していた土地が、今では野生動物や植物をつなぐ自然保護地域「Green Belt(グリーンベルト)」として、新しい役割を担っているのです。
ベルリンの壁だけではなかった東西ドイツの国境
「東西ドイツの分断」と聞いて、多くの人が最初に思い浮かべるのはベルリンの壁でしょう。
しかし、ベルリンの壁は東西ドイツを隔てていた巨大な国境システムの一部にすぎません。
旧東西ドイツ国境は、北のバルト海から当時のチェコスロバキア国境まで長く伸びていました。
1952年から1990年まで、この境界線は東ドイツと西ドイツを物理的に分断していました。
都市の中にそびえるベルリンの壁とは違い、その多くは森林や農地、山岳地帯などを通っています。
現在、その道を歩いたり走ったりしても、かつてここがヨーロッパを二つの世界に分けていた境界だったとは想像しにくい場所もあります。

Map showing the former border, now called the Green Belt. © LENCER (CC BY-SA 3.0) / Berlin Wall photo © Isai Ramos
旧東西ドイツ国境の「死の帯」とは?
旧東西ドイツ国境は、単にフェンスで区切られただけの場所ではありませんでした。
元記事によると、境界地帯には100万個を超える地雷、約3,000頭の警備犬、監視設備、武装した警備兵などが配置され、厳重に管理されていました。
西ドイツ側では、この危険な国境地帯が「death strip(死の帯)」と呼ばれていました。
それでも東ドイツから西側へ逃れようと、国境越えを試みた人々がいました。
自由を求めて境界へ向かい、その途中で命を落とした人もいます。
現在は静かな森林やトレイルが続く場所でも、数十年前には自由に立ち入ることさえできませんでした。
フィリップたちのランニングプロジェクトは、そんな旧東西ドイツ国境の歴史を、自分たちの足でたどり直す試みでもありました。
9人のランナーが旧国境1,400kmに挑戦
このプロジェクトに参加したのは、ドイツとオーストリア出身の9人のランナー。
旧東ドイツ側と旧西ドイツ側、それぞれにルーツを持つメンバーが集まりました。
走るルートは約1,400km。
累積標高差は約16,000mに達し、ルート最高地点はハルツ山地にある標高1,142mのブロッケン山でした。
9人全員が1,400kmを走るわけではなく、約15kmごとにランナーを交代するリレー方式。
4台のキャンピングカーをサポート拠点にしながら、旧国境を北から南へ進んでいきました。
コースの多くは静かな森林や林道です。
かつて越えることを許されなかった道を、現在はランニングシューズで自由に走ることができる。
同じ土地でも、時代によってその意味は大きく変わります。

© Philipp Reiter
走りながら、ベルリンの壁時代の記憶を聞く
フィリップ自身は、学校でベルリンの壁や東西ドイツの歴史について学んでいました。
しかし、彼は実際にドイツが分断されていた時代を生きた世代ではありません。
教科書で歴史を知ることと、その時代を生きた人が何を感じていたのかを知ることは違います。
そこでチームは、ルート沿いの町や村に住むランナーにも一緒に走ってもらい、旧東西ドイツ国境時代を知る人々から直接話を聞くことにしました。
走る速度だからこそ見えるものがあります。
車なら一瞬で通り過ぎてしまう小さな町に立ち止まり、地元の人と話す。
「ここに壁があった頃、生活はどうだったのか」
「国境の向こう側をどんな気持ちで見ていたのか」
「ベルリンの壁が崩壊したとき、何を感じたのか」
約1,400kmのランは、長距離への挑戦であると同時に、ドイツの分断と統一の歴史を知る旅でもありました。
なくすべき「壁」は物理的なものだけではない
フィリップはこのプロジェクトを通じて、国境は時間がかかったとしても、なくすことができると話しています。
そして、彼が考える「壁」はコンクリートやフェンスだけではありません。
人と人との間に生まれる偏見や思い込みも、ひとつの壁です。
自分とは異なる土地で暮らす人が、どんな背景を持っているのか。
なぜ違う考え方を持っているのか。
地図を見るだけではわからないことも、同じ場所を歩いたり走ったりし、そこに暮らす人と話すことで少しずつ見えてきます。
フィリップたちが旧国境を走った意味は、過去の「壁」を確認することだけではありません。
今の社会に残っている見えない壁について考えることでもあったのです。
旧国境は自然保護地域「グリーンベルト」へ
旧東西ドイツ国境には、もうひとつ興味深い歴史があります。
長期間にわたって人の立ち入りが厳しく制限されていた結果、国境周辺には多くの自然環境が残りました。
ドイツ統一後、かつての軍事境界線は非軍事化され、現在では「Green Belt(グリーンベルト)」と呼ばれる自然保護のネットワークへと姿を変えています。
森林、草地、湿地などが帯状につながり、多くの野生動物や植物にとって重要な生息地となっています。
現在ではハイキングやサイクリングを楽しめる場所もあり、歴史をたどる旅のルートとしても利用されています。
人を分断するために生まれた土地が、今では自然をつなぐ場所になった。
「死の帯」から「グリーンベルト」へ。
旧東西ドイツ国境は、ヨーロッパ現代史だけでなく、自然再生という視点から見ても非常に興味深い場所です。
ランニングで歴史と土地を旅する
ランニングというと、距離、ペース、タイム、トレーニング効果を考えることが多いかもしれません。
しかし、走ることは土地を知るための旅の方法にもなります。
知らない町を走る。
古い街道をたどる。
国境跡を進む。
地図に残っている一本の線を、自分の足で確かめてみる。
歩くより広い範囲を移動でき、車よりも土地との距離が近い。
走って旅をすると、その場所の地形や距離感、町と町のつながりを身体で感じることができます。
旅先でランニングやハイキングのルートを作るなら、Suuntoアプリのルートプランナーやヒートマップを使って、実際によく利用されている道を参考にする方法もあります。
▶︎ Suuntoアプリで登山・トレイルのルートを作る6つの方法|GPX・ヒートマップも解説
長距離ルートをたどるためのナビゲーション
旧東西ドイツ国境1,400kmのような長大なルートでなくても、知らない土地を走ったり歩いたりするときには、事前のルート計画が大切です。
Suuntoアプリではルートを作成し、対応するSuuntoウォッチへ同期できます。
アクティビティ中は、現在地や進行方向、ルートを手元で確認しながらナビゲーションできます。
オフラインマップ対応モデルなら、スマートフォンの電波が届きにくい場所でも、あらかじめダウンロードした地図を確認できます。
Suuntoウォッチの地図やルートナビゲーションの見方はこちらの記事で詳しく紹介しています。
▶︎ Suuntoの地図・ナビゲーション画面の見方|登山・トレイルのルート案内を解説
長距離のランニング、ハイキング、アウトドアアドベンチャーで地図とバッテリー性能を重視する場合は、Suunto Vertical 2も選択肢のひとつです。
ただし、この物語の主人公はウォッチではありません。
ナビゲーションは、目的地まで最短距離で進むためだけのものではなく、自分がどんな場所を通り、そこにどんな歴史や自然があるのかを知りながら旅するための道具にもなります。
まとめ|分断の場所から、人と自然をつなぐ場所へ
かつて東ドイツと西ドイツを分断していた国境。
そこにはフェンスがあり、地雷があり、警備兵がいました。
ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統一された現在、その同じ場所を人々が歩き、走り、自転車で旅しています。
そして「死の帯」と呼ばれた旧国境は、野生動物や植物の生息地をつなぐグリーンベルトへと姿を変えました。
フィリップ・ライターたちの1,400kmの旅が伝えているのは、単に長距離を走る人間の強さではありません。
場所が持つ意味も、社会も、人と人との関係も変わっていくことができる。
旅先で走ったり歩いたりするときは、距離やペースだけでなく、その道がどんな歴史を持ち、どんな自然の中を通っているのかにも目を向けてみてください。
地図の一本の線が、それまでとはまったく違って見えてくるかもしれません。
Images © Philipp Reiter / LENCER / Isai Ramos