ストレスやプレッシャーを感じたとき、「落ち着こう」と思うほど頭の中が忙しくなることがあります。そんなときに役立つヒントのひとつが、呼吸や身体の感覚へ意識を戻すことです。
Suuntoアンバサダーで世界的なフリーダイバーのWilliam Trubridgeは、長年の競技生活の中で、緊張やストレスの中でも落ち着きを保つための呼吸法やメンタル技術を磨いてきました。
フリーダイビングでは、過度な緊張やパニックはパフォーマンスの助けになりません。限られた酸素を効率よく使うためにも、身体と心をできるだけ落ち着かせることが重要です。
Williamは、そこで培った方法が日常生活のストレスに向き合うときにも役立つと考えています。
この記事では、ストレスを感じたときに呼吸と注意の向け方を使って、自分の状態を整えるためのヒントを紹介します。

William Trubridge celebrates after completing a world record. Lead image: André Musgrove.
なぜフリーダイバーは「落ち着く力」が重要なのか
フリーダイビングは、多くのスポーツとは少し違います。
短距離走やコンタクトスポーツでは、緊張やアドレナリンが大きな力につながる場面があります。
一方、息を止めて潜るフリーダイビングでは、過度な興奮やパニックは不利になります。
Williamは、ストレス反応が高まりすぎると酸素をより早く消費し、水中でパニックにつながる可能性があるため、できるだけ穏やかでクリアな状態を保つことが重要だと説明しています。
だからこそフリーダイバーは、競技前から呼吸やリラクゼーション、注意の向け方を使い、身体と心を落ち着かせる練習を繰り返します。
Williamは、そこで身につけた考え方が仕事、家庭、人間関係など、日常でストレスを感じる場面にも応用できると考えるようになりました。
Mental Immune Systemとは?
Williamは、フリーダイビングで培ってきた呼吸法とメンタル技術を組み合わせた考え方を、「Mental Immune System(メンタル・イミューン・システム)」と呼んでいます。
直訳すると「心の免疫システム」のような意味になります。
ただし、これは医学的な免疫機能を意味する正式な医療用語ではありません。
ストレスが大きくなってから対処するだけではなく、日頃から落ち着きを取り戻すための反応を練習しておこうというWilliam独自の考え方です。
本人はこれを、頭の中でバックグラウンド動作するアプリのようなものだと表現しています。
つまり、強いストレスを感じた瞬間に初めて「何かしなければ」と考えるのではなく、普段から呼吸や注意の向け方を繰り返し練習し、必要な場面で自然に使える状態を目指します。

Freedivers use a variety of breathing and relaxation exercises.
ストレスには身体と心の両方から向き合う
Williamの方法には、大きく分けて2つのアプローチがあります。
- 身体側:呼吸を使って状態を整える
- 心側:思考や注意の向け方を整える
ストレスを感じると、頭の中だけでなく身体にも変化が現れます。
呼吸が浅くなる。
肩や首に力が入る。
心拍が上がる。
同じことを繰り返し考える。
こうした変化に気づいたら、まず「ストレスをなくそう」とするより、今の自分に何が起きているのかを認識することから始めます。
1. まず呼吸に意識を向ける
Williamが身体側のアプローチとして重視しているのが、呼吸です。
日常でも緊張すると、無意識に呼吸が速く、浅くなることがあります。
そんなときにできるシンプルな方法が、呼吸そのものへ注意を向けることです。
例えば、
- 無理に深呼吸しようとせず、今の呼吸を観察する
- 息を吐く感覚に意識を向ける
- 肩やあごに余計な力が入っていないか確認する
- 落ち着ける範囲でゆっくり呼吸する
といったことから始められます。
目的は「完璧な呼吸法」をすることではなく、身体が緊張していることに気づき、少し落ち着きを取り戻すきっかけを作ること。
Williamにとって呼吸は、フリーダイビングのためだけではなく、自分の状態に戻るためのスイッチでもあります。
2. 思考のループに気づく
ストレスが大きくなると、同じ考えが頭の中を何度も回ることがあります。
「失敗したらどうしよう」
「もっとこうすればよかった」
「この先もうまくいかないかもしれない」
こうした思考そのものを無理に消そうとすると、かえって意識してしまうこともあります。
Williamが使っているメンタル側の方法は、マインドフルネスに近い考え方です。
考えている内容にそのまま巻き込まれるのではなく、「今、自分はこのことを繰り返し考えている」と気づく。
それだけでも、自分と思考との間に少し距離を作ることができます。
そして再び、呼吸や身体、目の前でやっていることへ注意を戻していきます。
3. すぐ反応する前に少し間を作る
ストレスを感じたとき、私たちはすぐに反応してしまうことがあります。
仕事で予想外の問題が起きた。
レースで予定よりタイムが遅れている。
誰かの言葉に腹が立った。
そんな場面でWilliamの考え方を応用するなら、まず反応と行動の間に少しだけ余白を作ることです。
例えば、
- 身体が緊張していることに気づく
- 呼吸を確認する
- 頭の中で何を考えているかに気づく
- そのうえで次に何をするか決める
という流れです。
数秒ですべてが解決するわけではありません。
それでも、ストレスに反射的に反応するのではなく、一度状況を見る時間を作ることで、次の判断が変わることがあります。
4. 落ち着いているときに練習する
WilliamがMental Immune Systemの特徴として重視しているのが、ストレスが最大になった瞬間だけ実践するのではなく、普段から練習することです。
大きなプレッシャーの中で、初めて呼吸や注意の向け方を試そうとしても、簡単ではありません。
フリーダイバーが競技本番だけ呼吸を練習するのではないのと同じです。
日常なら、
- 朝に数分だけ静かに呼吸する
- 仕事を始める前に身体の緊張を確認する
- 移動中に呼吸を観察する
- 小さなイライラを感じたときに一度呼吸へ戻る
- 運動後に数分落ち着く時間を作る
など、特別な環境がなくても練習できます。
「ストレスがなくなること」を目標にするのではなく、ストレスに気づいたときに戻ってこられる場所を作る。
それがWilliamの考え方に近い実践方法です。
スポーツのプレッシャーにも応用できる
この考え方は、日常生活だけでなくスポーツにも応用できます。
例えばレース前。
スタートラインに立つと、心拍が上がり、周囲の選手が速そうに見え、目標タイムのことばかり考えてしまうことがあります。
そんなときに、
- 呼吸に意識を戻す
- 肩や手に余計な力が入っていないか確認する
- 結果ではなく最初の数分でやることに集中する
ことで、必要以上に興奮した状態から少し距離を取ることができます。
長距離レースで苦しい時間に入ったときも同じです。
「残り全部」を考えるのではなく、次のエイド、次の登り、次の数分など、今コントロールできる小さな単位へ注意を戻す方法があります。
ウルトラランニングで苦しい時間にどう向き合うかについては、こちらの記事でも紹介しています。
▶︎ 100マイルの「Pain Cave」とは?苦しい時間との向き合い方
ストレスだけでなく回復状態にも目を向ける
ストレスを感じるとき、その背景に身体的な疲労が重なっていることもあります。
睡眠不足。
トレーニング負荷の蓄積。
休養不足。
こうした状態では、普段なら気にならないことにも強く反応することがあります。
アスリートの場合は、メンタルだけで解決しようとするのではなく、「そもそも身体が回復しているか」を振り返る視点も大切です。
例えば、
- 睡眠
- HRV
- トレーニング負荷
- 身体の疲労感
- トレーニングへの意欲
などを確認します。
HRVはストレスを診断する数値ではありませんが、自分自身の通常範囲と比較しながら、身体の回復傾向を振り返る材料のひとつになります。
▶︎ HRV(心拍変動)とは?正常値の見方と回復・トレーニングへの活かし方
休養を含めてトレーニングの質を整える考え方はこちら。
▶︎ トレーニングの質を上げる回復方法|休養・補給・オフシーズンの考え方
強いストレスが続く場合は専門家へ
呼吸や注意の向け方は、日常の緊張を整えるためのひとつの方法として取り入れられます。
一方で、強い不安やストレスが長く続く場合や、日常生活・仕事・睡眠などに大きな影響が出ている場合は、セルフケアだけで解決しようとしないことも大切です。
必要に応じて、医師や心理職などの専門家へ相談してください。
WilliamのMental Immune Systemやこの記事で紹介した方法は、医療や専門的な治療に代わるものではありません。
まとめ|落ち着く力も練習できる
William Trubridgeにとって、フリーダイビングで大切なのは、身体能力だけではありません。
プレッシャーの中でも、できるだけ落ち着いた状態へ戻ること。
そのために長年使ってきた呼吸やメンタル技術を、彼は日常のストレスにも応用しています。
ポイントを整理すると、
- まず身体の緊張に気づく
- 呼吸へ注意を戻す
- 思考のループに気づく
- 反応する前に少し間を作る
- 落ち着いているときから練習しておく
- 身体の回復不足にも目を向ける
というシンプルなものです。
ストレスそのものを完全になくすことは難しいでしょう。
しかし、ストレスに気づいたときに、呼吸や身体へ注意を戻す習慣は練習できます。
フリーダイビングと同じように、「落ち着く力」も本番だけでなく日常の中で少しずつ磨いていく。
それがWilliamが伝えている大切な考え方です。
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